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- ふじおか・みなみ/文筆家。暮らしの中の異文化をテーマにした『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)が発売中。
藤岡みなみ|変わり果てた姿で再会した自転車【思い立ったがDIY吉日】vol.93
文筆家・ラジオパーソナリティの藤岡みなみさんが、モノづくりに対してのあれこれをつづるコラム連載!題字ももちろん本人。かわいくも愉快な世界観に、思わず引き込まれちゃいます。今回は、自転車の塗装について!
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変わり果てた姿で再会した自転車
▲自転車への懺悔(ざんげ)とDIY。
自転車を盗まれた。と、思っていた。
10年近く前、意を決して電動自転車を購入した。
電動自転車は高い。
今の自分に本当に必要か何度も自問自答したし、長い付き合いになるのだからと色も慎重に選んだ。
大切にしていたその自転車が、ある日行方不明になった。
家の前に駐めておいたのを盗まれたのだ。
こんな静かな住宅街で堂々と盗みを働くなんて。
誰かが酔っ払って持っていったのだろうか。
よくない想像が頭を駆け巡り、悲しみと恐怖に包まれた。
それから5年の月日が経った。自分の生活に自転車は必要ないと言い聞かせ、ちょっと遠くても真夏でも長距離歩いた。
無理していたけれど、値段の高い電動自転車をもう一度買おうとは思えなかった。
私に自転車は必要ないのだ。
そう思っていたある日、連絡がきた。
「あなたの自転車が保管されています」。
なんと、もう諦めていた自転車が見つかったのだった。
誰かが乗り捨てて、撤去の対象になったのだと考えた。
しかし、5年ぶりに自転車と再会すると、なんだか思っていた印象と違うのだ。
ハンドルはひどくさび、車体にはペンキ汚れがある。
まるで改装中の建物の前に長く放置されていたかのような。
誰かが自分のものにしていたというより、ずっと忘れ去られていた物体の風情があった。
▲さびすぎてもはやアンティーク。
もしかして盗まれていなかったのか?
近所の薬局かなにかに出かけていって、店を出た時に自転車に乗ってきたことを忘れ歩いて帰ったとか。
十分あり得る。私ならやりかねない。
そして次の日駐輪場を見て、盗まれたと勘違いしたのではないか。
連絡をくれた集積所も家から近かった。
もし泥棒だとしたら何年もこんなに近所で乗り回すだろうか?
本当のことはわからない。
私が忘れてきたのだとしたら、もっと早くに撤去の通知がきていただろう。
だけど、もしかしたら自転車はどこかで5年間私を待ち続けていたのかもしれない。そう思うとかなりせつない。
▲身に覚えのないペンキ汚れ。
さびた関係を DIYで修復する
▲カゴも破れてさびていた。
痛々しいビジュアル。
とにかくこのサビをなんとかしたい。
ホームセンターでサビ落としを買ってきた。
塗ってしばらく待ち、こするとサビが落ちるらしいが、頑固なサビでびくともしない。
もうひとつ買っておいた、サビの上から塗れるサビ止め塗料を使うことにした。
塗料の種類は多様で、色も豊富だった。
何色の自転車にもできる。
売り場で、私と自転車の新しい時代が始まるのだと感じた。
サビ止め塗料のパッケージに「上塗りOK!」とあり、思い切って上から塗装していく。
なぜか頭にずっと「恥の上塗り」という言葉が浮かんでいた。
自転車に対して後ろめたい気持ちがある。
ペンキ汚れのようなものがついている荷台も塗ってみる。
大雑把な性格なので、あまりきれいな仕上がりとは言えない。
色選びをミスした気がする。
サビは隠れたものの、全体的にちぐはぐな印象の自転車が完成した。
近くで見ると少し粗がある。颯爽と走っている姿だけを見てほしい。
塗料のせいではなく私のせい。
それでもサビがきれいになってかなりいい。
5年ぶりに再会して以来、毎日のように自転車に乗っている。
私の生活に自転車は欠かせない。
自転車で小一時間かけてホームセンターに行くこともある。
ハンドルのサビを見るたびに懺悔(ざんげ)の気持ちが込み上げていたけれど、サビ止め塗料を塗ったらすっかり新鮮な気持ちになった。
つらい過去を上塗りして。
内側に、私と自転車だけが知っている黒歴史も秘めて。
買った時より何倍も愛着が湧いている。
もっと器用に塗装したかったなとも思うけれど、こんな手作り感のある自転車、きっと誰も盗もうと思わないからその点はちょうどいいのだった。
▲もうサビを見て落ち込まなくていい。