- 藤岡みなみ
- ふじおか・みなみ/文筆家。暮らしの中の異文化をテーマにした『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)が発売中。
藤岡みなみ|無料の趣味、ビーチコーミング【思い立ったがDIY吉日】vol.94
文筆家・ラジオパーソナリティの藤岡みなみさんが、モノづくりに対してのあれこれをつづるコラム連載!題字ももちろん本人。かわいくも愉快な世界観に、思わず引き込まれちゃいます。今回は、ビーチコーミングについて!
- 藤岡みなみ
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無料の趣味、ビーチコーミング
▲海は、泳がなくても冒険できる。
下を向いて歩こう。
私はモヤモヤすると海に行って、ひたすら地面を見つめて歩く。
はたから見ればひどく落ち込んでいるように見えるかもしれないが、真剣にお宝を探しているのである。
浜辺でひとり石や貝を拾うのが、私にとって最高のストレス解消法だ。
▲貝の名前を覚えると面白さが2倍。
この行動は「ビーチコーミング」と呼ばれているらしい。
コーム、つまり櫛でとかすように注意深くビーチを歩き、漂流物を拾ったり観察したりする。
海までの電車賃以外お金もかからないのに、長い時間没頭することができる。
しかも想像以上にロマンが溢れており、お得な活動でもある。
ビーチコーミングの魅力はあまたあるが、今回はこのロマンとお得の二つの軸で紹介していきたい。
まずはロマンの部。
実は浜辺は、博物館以外で最も簡単に化石に出合える場所だ。
わざわざ掘ったりしなくてもそのへんにポイッと化石が落ちている。
石と貝が一体化しているような物体を見つけたら、それはもう化石だ。
意識して探さないと見落とすけれど、知っていて探すとどんどん見つかる。
また、その場所に生息しているはずのない貝も、一見ただの貝殻に見えて実は化石だったりする。
例えばハイガイは現在では西日本の限られた地域にしか生息していないので、もし東京湾で見つけたらそれは化石の可能性が高い。
縄文時代は東京湾周辺にもハイガイがいたからだ。
ふいに拾った何の変哲もない貝殻が、数千年前に存在した生き物の姿かもしれない。
ちょっと理解が追いつかないくらい、海の時間はスケールが大きい。
まるで昨日のことみたいに太古が流れ着く。
▲ハイガイらしき貝や化石たち。
貝や石や流木だけでなく、思いもよらないものに出合えるのもまたロマンだ。
先日浜辺を歩いていたら、ボウリングの球が流れ着いていた。
重いのによく来たね。
重さを表す数字から、持ち主の背格好やボウリング歴を想像したりした。
外国語が書いてあるお菓子やジュースのパッケージ、プラスチック製品などもよくある。
ゴミはゴミでも、どこかの街からはるばる来たゴミだと思うと感慨深い。
海はつながっているという当たり前のことを思い出す。
遠い昔の名残も遠い街の痕跡も等しくそのへんに転がっている。
ロマンがありすぎて時々こわくなる。
ハンドメイド素材のパラダイス
▲“海で拾って接着剤”アクセサリー。
お得なのは、海に行けば行くほど、新しいアクセサリーがどんどん増えることだ。
たまにイヤリングやブローチを身につけていると友人に「それかわいいね、どこで買ったの」と聞いてもらえることがある。
そんなとき私は「海で拾って、接着剤でつけただけ」と答えるのだ。
たいてい友人は呆気に取られた表情で「海で拾って接着剤で?」と繰り返す。
海できらっと光るものを見つけたら大体透きとおった石か、真珠層のある貝の欠片か、シーグラスだろうか。
計算されていないその曲線、形にうっとりとする。
シーグラスとは流されて角が丸くなったガラス片だが、その本当の価値がわかるのは探したことがある人だと思う。
場所にもよるけれど、そうやすやすと落ちていない。
化石のほうが多いくらい。
だから、とろんと丸みのある水色のシーグラスを見つけたとき、本当の宝石を手に入れた気持ちになる。
何に心惹かれるかはその日の心次第で、石ばかり目にとまる日もあれば巻貝ばかり大切に拾う日もある。
パーツにつければ一点もののアクセサリーが完成する。
DIYをする人にとって浜辺は素材の宝庫だ。
もはや手芸材料のデパートだと思っている。
ビーチコーミングはちょっと、楽しすぎる。
訪れる海辺によっても落ちているものが全然違うし、たとえ同じ海に2日連続で行ったとしても、収穫内容は異なっている。
今日出合ったものは今日でなければめぐり逢うことができなかった。
▲きっと何歳になっても楽しい趣味。